時間軸を考慮したフロー理論のグラフ
目次
前置き
ゲーム研究が開発に活きる例の話題になると、チクセントミハイの提唱したフロー理論が必ずと言っていいほどよく挙げられる。なるほど確かに便利な概念に見える。
手軽に読めて有用そうなもので言えばこれ(↓)などがある。
他には『ゲームデザインバイブル第二版』や『ゲーマーズブレイン』でも引き合いに出されており、馴染みの深い理論だ。
よく見る図をざっくり作っておいたので、改めて示そう。
プレイヤーのスキルを横軸、ゲームや仕事におけるチャレンジの程度を縦軸に取り……スキルがあるのにチャレンジが物足りないと退屈で、スキルが無いのにチャレンジが苛烈だと不安になる……その間の丁度良いところがフローと呼ばれる気持ちいいところ……
と認識しておくととりあえず問題ないだろう。(詳しく知りたい方は先述したような関連文献を参照してほしい)
問題意識
……いやスキルってなんだろう、チャレンジってなんだろう*1
恐らくここで言うスキルとは、プレイングの上手さだけを指しているわけではなく、キャラクターのパラメーターの高さや装備の強さ、課金アイテムによるブーストなども含む。ゲームの難しさを乗り越えるためにプレイヤーが持つ能力の高さ……などとも言い換えられるかもしれない。
一方でチャレンジとは、ゲームの客観的な難易度、比喩的な表現を多く用いればプレイヤーの眼前にそびえ立つ壁の絶対的な高さ……などと言えなくもない。
ここで疑問が複数出てくる。
まずスキルとチャレンジは互いに依存的だ。スキルを測定するには様々な難易度でのプレイによる成果を見る必要があるし、チャレンジを数値化するにはスキルの様々な人がどれだけ上手くプレイしたかを見ることになる。いずれか片方を決めたくとも循環してしまうため、スキルが高すぎて退屈なのか、チャレンジが低すぎて退屈なのか見極めにくくなる。
またゲームの進行具合に応じて、両者は連続的に変化する。もちろんレベル(ウェーブなど)を区切れば、これくらいのスキルになった時にこの程度のチャレンジを提供できるようにしよう、と大まかに設計しやすい。だがオープンワールドのようなレベル(この場合ステージなど)の明確な境界が無い場合や、メタAIによる動的な難易度調節を盛り込む場合などでは、時間軸に沿っての変化を表せる方が好ましいだろう*2。
本題
グラフの提案
そこで提案するのは、横軸を時間軸とし、スキルとチャレンジを折れ線グラフで表す方式だ。(前置きが長くなってしまって申し訳ない。)
くどくど説明する前に一旦グラフを見てもらおう。こうだ。
……なんだかフニャフニャしてフワフワした図が出てきた。なんとこの図を使えば、先ほどの①スキルとチャレンジが互いに依存的であること、②時間に応じて変化すること、の両方を解決することができる(多分)。
スキルを基準としたチャレンジ
スキルとチャレンジは互いに依存的だった(問題点①)。そこでこの図でのチャレンジは、プレイヤーのスキルを基に定義している。そのチャレンジをクリアするのに(よほど運が良く/悪くない限り)最低限求められるスキルレベルで表すこととしている*3*4。
横軸「時間」と縦軸「スキルレベル」
横軸に「時間」を置くことで、スキルとチャレンジの両方が時間に応じて変化すること(問題点②)を視覚的に表しやすくしている。この「時間」は、進行度や進み具合と言った方が分かりやすいかもしれない。
プレイヤーが遊べば遊ぶほどプレイングは上手くなっていくし、装備が整ってレベルアップもするので、大まかにスキルは上がっていく(ことが多い)。また一般的に、ゲームが進むほど敵は強く、ステージは複雑に、パズルは難しくなっていくため、チャレンジも全体的に上昇していく。これらの時間に応じた変化量を分かりやすく示すことができる。
縦軸には「スキルレベル」を設定している。プレイヤースキルと(プレイヤーのスキルを基準として定義される)チャレンジを同じ軸で表現するため、このような言い方となった*5。元の図での「スキル」との混同を避けるため、従来の「スキル」は「プレイヤースキル」と言い換えている*6。
フローの幅
さて先ほどのグラフは、実は完全ではない。付け加えるとこのようになる。
チャレンジの曲線の周りに、「この辺りにプレイヤースキルが来ると丁度フローに感じる」という程度の難易度を、幅を持たせて表している。このフロー幅にプレイヤースキル曲線がなるべく多く入るよう設計すれば、より長い間フロー状態が続くといえる。
チャレンジの曲線の周りに、というのがまず重要な部分だ。フロー理論ではスキルとチャレンジのバランスが肝心なポイントだったが、このグラフではクリアに必要なプレイヤースキルの周辺に、遊んでいて楽しい範囲=フローに入れる領域があることを仮定している。ある程度は直感に従う設定ではないだろうか。
またフロー幅の2本の曲線が、チャレンジ曲線と連動しつつも一致しては動いていないことも見て分かると思う。これは時々によってフローに入れる幅が変わっていることを表している。ある地点でのプレイヤースキルがクリアに必要な程度に全く達していなくとも、またある地点ではプレイヤースキルがクリアに必要な程度より遥かに高くとも、フローに入りうることを示すことができる。この幅をどう上下に広げていくのか、どちらに広げるのかを考えやすいと言えるだろう*7。
活用方法
このようにグラフを作ることで、時々においてどのようにフローに入れるのかの方針を立てることができる。大きく分けて次の3つの方法があるだろう。
①プレイヤースキル曲線側に近づくように、チャレンジ曲線を曲げる
②その地点でのフロー幅を広げ、プレイヤースキル曲線が含まれるようにする
③プレイヤーを強化したり弱化させたりしてプレイヤースキル曲線を変化させ、フロー幅に入れる
これを具体的に説明していこう。
①スキル曲線側に近づくように、チャレンジ曲線を曲げる
チャレンジはクリアに求められるプレイヤースキルで定義されたから、クリア基準を緩めればチャレンジ曲線は下側に、厳しくすれば上側に曲がることになる。フロー幅はチャレンジ曲線の変化に追従して動くため、プレイヤースキル曲線側にチャレンジ曲線を曲げるとフロー幅に入りやすくなるというわけだ。
プレイヤーのスキルに合わせて難易度を上げ下げするのだから、動的に難易度を変化させるメタAIには基本的にこの考え方が良いといえるだろう。
②その地点でのフロー幅を広げ、スキル曲線が含まれるようにする
難易度を調整しなくとも、プレイヤースキル曲線のある方向にフロー幅だけを広げれば、フロー状態に入れることができる。ソウルライクのような安易に難易度を下げたくないゲームの場合や、逆にハイパーカジュアルのような過度に難しくしたくない場合では、こちらの考えを視野に入れるべきだろう。
なお、(想定される)プレイヤースキル曲線の側だけにフロー幅を広げれば良く、反対側のフロー幅はあまり気にする必要がないところも、大きなメリットである。
具体的にどのようにすればフロー幅が広がるのかについては、最初に引用したこれ(↓)などを参考にして頂きたい。
③プレイヤーを強化したり弱化させたりしてスキル曲線を変化させ、フロー幅に入れる
プレイヤースキルはプレイングの上手さだけでなく、パラメーターの高さや装備の強さなども含むため、部分的に制作側でコントロールすることが可能である。例えば難所の近くに強力な装備品を隠したり、プレイヤースキルに差がある人同士の対戦で不慣れな側の性能に補正を加えたり*8することが考えられる*9。
またスキルレベルが不足していると推測される場合に、プレイングを上達させられるような練習や特訓を挟んでプレイヤースキルを上げ、難易度を落とすことなくフローに入れるといった手も考えられるだろう*10。
おわりに
アイデアとしてはシンプルなので、もしかすると似たような図が既にあるかもしれないが*11、少なくともうまく活用できれば非常に有用になりうることは示せたのではないだろうか。
次回は『ポンボール』を例に、このグラフを用いて分析した例を書いてみたいと思っている。
(書き上がればここにその記事へのリンクが載る予定)
*1:本を読め?はい……
*2:もちろん3次元的グラフにしたり、動画で示したりすることはできるが、単純に一覧性が低いと使いづらい。
*3:よって基本的に、スキルの曲線の方がチャレンジの曲線よりも上側に位置する=プレイヤーのスキルが上がってからゲームの難易度であるチャレンジが向上していくことが多い。ただしスキルが不足しておりクリアできていなくとも強引に先に進んでいく場合や、スキルは不足しているが運良くクリアして先に進んでしまう場合もあるため、一概にそのパターンであるとは言えない。
*4:また、どこまでをクリアとし、どこまでをクリアに必要なスキルとするのかは、特に明確な目標を持たないゲームの場合は曖昧である。そのため、利用する際には考慮が必要だろう。
*5:他の案としては「凄さ」「苛烈さ」「複雑さ」「精緻さ」などがあったが、結局スキルレベルが一番スマートそうだった
*6:繰り返しになるが、プレイングの上手さ以外も含むのに注意
*7:ここでは先述した、かえるD氏のnoteで述べられている内容がそのまま役立つだろう
*8:カジュアルマッチに限定するべきだろうが
*9:強い側からすると難易度が上がる=解決策①とも捉えられる
*10:特にローグライクアクションでは、ボスに再戦するまでの長い道のりがプレイヤースキルを上げる練習として機能していることが多い。このような場合、ボスの挙動や倒し方は道中の雑魚敵を応用して考えられる程度に留めておき、あまりに奇怪な仕様にはしない方が良いと言えるかもしれない。
*11:もしご存知ならご一報を